ボートの大会も終わり,サマーサイエンスも終わり,ようやく少し暇ができたところで,またもや能登のキリコ祭りに行ってきた.
今回行ったのは,能登島の“向田(こうだ)の火祭”.
キリコ祭りは盛大に松明を燃やす“火祭”の要素があるものが多いが,ここの柱松明は高さ30mと,能登の中でも最大級である.
毎度のごとく誰かを誘って車出してもらおうかと企んだが,今回は誘える車持ちがいなかったので,鉄道で行こうかと考えた.しかし,この地域の終電は21時前である.最も盛り上がるのが深夜のこの祭りでは,行っても帰ってくることができない.一泊する気もなく,仕方なくレンタカーを借りることにした.
あれだけ激しく,奇妙で見応えのあるキリコ祭りがあまり認知されていないのは,交通の便が悪い奥能登で,深夜にピークを迎えるという,非常に行きにくい辺りにあるのかもしれない.
友人Mを拾って,金沢を出たのは15時過ぎ.借りた車はTOYOTA・Vitzの1000cc・ATと,なんとも面白味のない非力な車だが仕方がない.余計な出費を抑えたいし,時間も早いことだし,のんびりと田舎道のドライブとする.
梅雨明けして間もない夏の空が綺麗だ.夏空.今年は梅雨明けが遅かったからか,この澄んだ青と丘の緑のまぶしさが気持ちいい.
ところがこの夏空を写真に収めようとして,俺として有り得ない失敗をしたことに気づく.
…デジカメ忘れた!
予備のバッテリーはきちんと鞄の中に入れたのに,である.何処に行くときでも必ずデジカメは持って行く俺が,である.それもこんな見応えのあるであろう祭りの時に…
仕方ないので写真は携帯のカメラで撮った.写りが非常に悪いのはゴメンナサイ.
向田に着いたのは18時半.向田地区の北側の港が臨時駐車場になっていた.俺たちはツインブリッジから島に渡り,北側から来たのですぐ駐車できたが,能登島大橋から渡っていたら会場を迂回しなければならず,こうすんなりとは行かなかっただろう.
地区の中心の交差点では,“よさこい踊り”の演舞が行われていた.“よさこい”は高知発の後発の踊りだが,あの熱気に溢れた激しさはキリコとよく合う.
伊夜比盗_社の境内には大小7本の奉燈(七尾周辺ではキリコをこう呼ぶ)が集結している.そして能登各地の太鼓が代わる代わる演じられていた.太鼓もまた,キリコとよく合う.
そして完全に辺りが暗くなった20時半ごろ,いよいよ奉燈と神輿が動き出す.
ここの奉燈はそこそこ大きい.これが担がれ,乱舞するのかと期待したが,しかし過疎化のためか,残念なことに車輪つきである.
奉燈と神輿は集落を離れ,明かりが全くない田んぼの中にある広場に移動する.闇に奉燈が映える.
そしてここからが祭りの本番だ.7本の奉燈は,広場の中心にある30mの柱松明の周りを6周する.いかに車輪つきであると言っても,闇の中を奉燈が次々と駆け巡る様は迫力である.
「ワッショイ」の掛け声をかける子供がいたが,それは違う,「サッカサイヤ」だと父親が教えているのを見ると,こだわりを感じる.奉燈にワッショイの掛け声は似合わない.しかし全体的に掛け声は揃っておらず,いろいろな掛け声が入り乱れる.ここでは奉燈はあくまで前座のようである.
奉燈の乱舞が終わると,広場は再び一時の静寂に包まれる.暗闇に風の音と人々の話し声しか聞こえない.
いよいよ松明に点火する準備が始まる.
広場の隅に数箇所,焚き火がたかれる.すると法被を着た男衆が小松明を持ち出し,それに火をつける.子供から老人まで,街の住人も参加しているようだ.
それぞれが小松明を持ち,火がつくと,「エッサ,ホイサ」の掛け声と共に,小松明を回しながら広場を駆け回る.100本以上の小さな炎が闇を駆け回る様は幻想的だ.
おとなしそうに見えるが,この頃には柱松明の周囲には,なにかもの凄いものが潜んでいるような,熱くはないが大きなエネルギを帯びた,浮き足立った不思議な空気に包まれている.
そして全ての小松明に火がつき,十分に走ったかと思われる頃,笛の合図で一斉に小松明が柱松明に投げ込まれる.
藁でできた柱松明は,例年なら一気に燃え上がるのだろう.今回は前日までの雨で湿っていたためか,炎が広がるのには少し時間ががかった.
しかし…
最初はなかなか広がらなかった炎だが,突然,急速に燃え広がりだした.あっという間にそこには巨大な火柱が出現した.
潜んでいた何かが噴出し,暴れだしたかのようだ.まさに天を焦がす炎とはこのことだろう.
松明から50mは離れている俺たちのところにも,熱気が押し寄せる.熱い.
そして柱を支えている縄が1本,2本と焼け落ちていき,この凶暴な火柱は,何の前触れもなく,突然倒れる.この松明が倒れる方向によって,その年の豊作・豊漁を占うんだそうな.
松明が倒れるのは一瞬の出来事だ.
巨大な炎の穂先が俺たちの方向に傾いた.マズイ,と思った次の瞬間,火柱は一気に倒れこみ,「ズン!」と低い音を立てて地面に横たわった.どよめきが上がる.俺たちがいる方向めがけて倒れてきたから,恐怖の入り混じったもの凄い迫力だった.
松明が倒れたら,先ほどの男衆が燃え盛る松明の足元の柱に縄をかけて,1本ずつ引き抜いていく.30mの巨柱を支えていた丸太である.力技で抜けるものではない.的確に縄を掛け替え,少しずつずらし,1本ずつ引き抜いていく.いまだ燃え続ける巨大な炎の足元で力を合わせる男衆もまた,見物だ.
その後炎が徐々に小さくなり,人々は徐々に散開していき,奉燈は街に戻り始める.
俺たちもこのあたりで引き上げ,帰路についた.
今回の祭りは,観光客の姿も少なく,典型的な地元の祭りといった感じだった.しかしその熱気は凄まじい.あばれ祭りのような動的な熱気はなく,パッと見は冴えないが,静から始まり,眠るエネルギを開放する不思議な迫力がある.身体の奥底に眠る何かを揺すぶられたような,不思議な祭りだった.
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